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新潟地方裁判所 昭和44年(ソ)2号 決定 1969年5月21日

抗告人 小川光芳

主文

原決定を取消す。

抗告人を処罰しない。

抗告費用は国庫の負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨は、抗告人は躁うつ病のため現在新潟県立小出病院精神科に通院治療中のものであるが、昭和四三年一一月三日以降肩書地の田上商店に住込として勤務しているのは医師の指示による作業療法のためと通院の便宜のために過ぎず、抗告人としては右肩書地の宿舎を自己の住所とする気持は全くなく、病気が治れば両親のいる本籍地に帰る予定でいたところ、昭和四四年二月七日小出町住民実態調査員の住所異動に関する説明を十分理解できぬまま誤って住所でもない右肩書地の宿舎を住所とする転入届をしてしまったもので、抗告人が右宿舎を住所と定めながら法定期間内に転入届をしなかったという原決定は違法であるからその取消を求める、というにある。

二、よって判断するに、本件記録によれば、抗告人は、昭和三九年秋ころ躁うつ病となり、同年一〇月から昭和四〇年一月迄桑名病院に、同年三月から同年六月迄大島病院に入院し、一時小康を得て上京し働いていたが、病状悪化のため昭和四二年一月二四日小出病院へ入院し、同年五、六月に一時退院したもののほどなく再入院し、昭和四三年七月一日仮退院したが、その間医師の指示で同年三月一一日から六月三〇日まで入院中の作業療法として病院から肩書地田上商店へ通勤し、仮退院後も医師の指示で、田上商店四日町宿舎に入居して住込勤務となり、昭和四三年一一月三日から肩書地の宿舎に移り、昭和四四年一月一日本退院したが、右勤務をしながら週一回または隔週一回通院治療中のもので、今後相当長期間におよびアフター・ケアが必要とされていること、また抗告人は現在三二才の独身男子で十日町の本籍地には両親がいるという以外他に繋りはなく、現在の日常生活は田上商店における勤務と病院への通院治療で過していること、さらに本件転入届は、昭和四四年二月七日小出町住民実態調査員の勧告があってただちになされたものであること、以上の事実が認められる。

ところで住民基本台帳法にいう住所とは、同法制定の趣旨よりして各人の生活の本拠、即ち各人の日常生活に最も密接に結びついた常住の場所をいうのであるから、これを本件についてみるなら、抗告人の日常生活における最も重要な病気治療と勤労のすべてが肩書地を本拠としてなされ、かつそれが単に一時的なものではなく相当長期間におよぶことは前認定のとおりであるから、抗告人がその主観において将来本籍地へ帰ることを考えているからといって現在の日常生活に直接結びつきのない本籍地をもって生活の本拠即ち住所ということはできず、抗告人の昭和四三年一一月三日以降の住所は肩書地にあるといわねばならない。

三、そこで、つぎに抗告人が転入届を法定期間内にしなかったことについて正当の理由があるか否かについて考えてみるに、抗告人が躁うつ病患者であり、肩書地に居住するようになったのは作業療法として医師の指示によるもので、退院後も同所に居住し勤務を続けている主目的が病気治療のためであることは前認定のとおりであり、また抗告人自身としては病気が全快したら本籍地の親もとへ帰ることを希望として治療に励んでいるものでその心情において肩書地の宿舎を仮の宿と考えていたことは本件抗告の趣旨によって明らかであり、してみれば、特段の法律知識のない抗告人が、肩書地を住民基本台帳法にいう住所ではなく、したがって、届出る必要はないものと思いこみ、昭和四四年二月七日小出町役場調査員の勧告があって、はじめて右肩書地を住所とする転入届出をしたことは一応無理からぬところがあり、それ迄の間届出をしなかったことについての正当の理由があったといわなければならない。

四、よって、本件抗告は結局理由ありというべきであるから、原決定を取消し、なお、当審で裁判するに熟しているので、抗告人を処罰しないこととし、抗告費用につき、非訟事件手続法第二〇七条第五項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 正木宏 裁判官 井野場秀臣 戸田初雄)

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